1961年にポーランドの作家スタニスワフ・レムが書いたSFの新訳版を読んだ。これまでの版はロシア語からの重訳だったらしく、ロシア語版はソ連自体のもので検閲に耐えうるよう内容が改変されていたらしい。今回は沼野充義によるポーランド語原典からの完全翻訳版。いわゆる海外SFの古典中の古典で、読み始める前からそれなりに身構えてはいたんだけど、想像以上にハードだった。SFとしてもハードだし、小説としてもハードで、とにかく読み通すのがしんどい。
意志を持つ海に覆われた惑星ソラリス、そこに派遣された心理学者の周りで起きる不可解な現象、というSF的な入りには普通に引き込まれる。けど、しばらくすると人間が本当の意味では出会ったことのない未知のもの——人間の知識や感覚や文化、そもそも言葉では言い表しようのない物体や現象を、それでもなお言葉で詳細に説明しようと試みるパートがめちゃくちゃ長く続く。正直、その間は「俺は今いったい何を読まされているんだ?」という気分になった。ストーリーは止まり、ひたすら得体の知れないものの記述が積み上がっていく。
ただ読み終わってから思うのは、人間が未知の領域で出会うものが、人間の感覚や言葉で言い表せるものだとは限らない、という当たり前のようで普段あまり考えない前提を、レムは思考実験としてまるごと物語に落とし込もうとしていて、しかもそれに成功している、ということ。あの長い記述の手応えのなさそのものが、人間の言葉では捉えきれないものを言葉で捉えようとする徒労を読者に体感させる仕掛けになっているように感じた。
だから自分にはこれはSFの体をした哲学書に映った。ちょっと驚いたのが、これを恋愛小説として受け取る人もいるらしいということ。たしかに主人公とある人物との関係はこの作品の核のひとつではあるんだけど、そこを物語の中心に据えて読むという発想が自分にはまるでなくて、ひとつの小説の解釈がここまで割れるものなんだなと。
そしてこの新訳版は、あとがき(訳者解説)を読んでこそ、という作品だと思う。30ページ以上ある解説を読んで、ようやく作者のレム、ひいては訳者が何を表現しようとしていたのかが腑に落ちた。本文を読むだけでは相当に難解だったし、自分も解説を読んで初めてこの小説の価値を理解した。
なので万人にはまったくおすすめできない。読むのは本当にしんどい。プロジェクト・ヘイル・メアリーみたいに夢中でページをめくる種類の面白さ(FUN)とは正反対で、これはINTERESTINGな一冊だった。読書体験として新しい感覚を植え付けてくれたという意味では読んでよかったと思うけど、気軽に人に勧められる本ではない。
